『私たちは普通に老いることはできない』を読み終えました。

読み始める前から、きっと心が揺さぶられる一冊になるだろうと思っていましたが、その予感は外れませんでした。

この本の著者は、重い障害のある子どもを育てる母でもあります。

そのことを知った瞬間、一気に生々しさが増しました。

「これは誰かの話ではない。」

そんな感覚でページをめくり始めたものの、思うように読み進めることができませんでした。

あまりにも共感する場面が多く、一つひとつの言葉が胸に引っかかるのです。

本を閉じては考え、また読み始める。その繰り返しでした。

そして読み進めるうちに、私は過去の自分の子育てと何度も重ね合わせていました。

あの頃の私は、本当に地獄のような毎日を生きていたんだな──。

そんなふうに、ようやく過去の自分を認めてあげることができた気がします。

共感しすぎて、なかなか読み進められなかった

特に心に残った一節があります。

「目指すべき正常な発達」と、目の前の我が子が着実に「成長している」と感じる親の実感には、ギャップがあった。

この文章を読んだとき、

まさにそうだった

と思いました。

私自身、あちらこちらの場面で、「○○できるようになるといいですね」という言葉を何度も受け取ってきました。

もちろん、その言葉に悪意はありません。

子どもの可能性を信じ、支援者として最善を尽くそうとしてくださっていることも理解しています。

それでも私は、その言葉の奥に「今のままでは足りない」という空気を感じ続けてきました。

一方で、親である私は違う景色も見ていました。

身近にいるからこそ感じられる、ものすごく小さな変化に喜びを感じるのです。

その「親が感じる成長」と、「専門職が目指す成長」の間には、確かにギャップがありました。

もう一つ、胸に刺さった文章があります。

私たち母親もまた、自分が頑張れば我が子を楽にしてやれるのではないか、障害や病気を少しでも軽くしてやることができるのではないかと願い、自ら進んで優秀な療育機能であろうと努めたのではなかっただろうか。

この一文を読んだとき、迷わず紙のしおりを挟みました。

私はずっと、目の前のできることを一つひとつ積み重ねていけば、いつか娘たちの未来も、私たち家族の未来も、今より少しずつ良い方向へ進んでいくのだと信じていました。

療育へ通い、本を読み、家でもできることを探し続けたのです。

それは娘のためでもありましたが、同時に、頑張ることで自分の不安をかき消したかったのかもしれません

この本は、そんな自分の姿を映し出してくれたような気がします。

「親亡き後」という現実が怖かった

障害のある子どもを育てる親なら、一度は「親亡き後」という言葉を考えたことがあるのではないでしょうか。

私はあります。

でも、本気で考えようとすると怖くなります。

考え続ければ、その恐怖に飲み込まれてしまいそうだからです。

だから私は、できるだけ直視したくない。

その代わり、病院とのつながりを切らさないようにし、受けられる支援を探し続けています。

「もしもの時」に備えようと、本能のように動いているのだと思います。

本の中には、こんな言葉があります。

時に訪れる眠れない夜に、親たちは心の中で自問を続けている。こんなにも非力な我が子を託して逝けるだけ、自分は総体としての人間や社会というものを信じるに足りると感じることができるだろうか___。

そして続きます。

NOという答えを見つけたくて自問している人はいない。誰もがYESという答えを見つけたくて自問している。どうぞYESと答えさせてほしい。そういう社会であってほしい___。

この文章を読んだとき、胸が締めつけられました。

私もYESと答えたい。

人を信じたい。

社会を信じたい。

けれど、自信を持ってYESと言えない自分もいます。

そのことが、とても寂しいのです。

社会は変わっても、この現実は簡単には変わらない

本を読み終えても、「きっと社会は良くなる」と前向きな気持ちにはなれませんでした。

もちろん、制度は変わるかもしれません。

支援が充実することもあるかもしれない。

行政や支援職の方々も、それぞれの立場で懸命に取り組んでくださっているのだと思います。

それでも、この問題はあまりにも複雑です。

この本を読んでいて改めて感じたのは、「善意だけでは支えきれない現実がある」ということでした。

障害のある人の暮らしは、実際にその中で生活してみなければ想像できないことがたくさんあります。

親である私たちでさえ苦しいと感じる毎日を、他者が支え続けることの難しさも理解できます。

実際、障害のある子どもを育てる母親が仕事を辞めたり、働き方を変えたりすることは決して珍しくありません。

私自身も、28歳で出産してから約15年間、人生の多くの時間を娘たちのケアに費やしてきました。

それを後悔しているわけではありません。

ただ、それが現実なのです。

そして私はこれまで、「私が元気でいる限り支え続けるのが当たり前」と思って生きてきました。

だからこそ、できるだけ健康で長生きしなければならない。

そんな使命感が、いつも心のどこかにあります。

ショックだった。でも最後に残ったのは「覚悟」だった

この本は、希望を語る本ではありません。

読んだからといって、不安が消えるわけでもありません。

未来が明るく見えたわけでもありません。

それでも、この本を読んで本当に良かったと思っています。

なぜなら、先を歩く親たちの姿を知ることができたからです。

どれほど厳しい現実の中にいても、子どものために生き続ける。

その姿から伝わってきたのは、「励まし」でも「希望」でもありませんでした。

それは、覚悟でした。

私もこの先、何度も迷うのだと思います。

それでも、この現実から目を背けず、一つひとつ向き合っていきたい。

そう思えたことが、この本を読んで得た一番大きなものだったように思います。

もりー

最後までお読みくださりありがとうございました✰