宮下奈都さんの『羊と鋼の森』は、読み進めるほどに、没入感が深まる作品でした。

とても静かな物語全体のイメージと、登場人物それぞれのイメージが、良い塩梅に調和しているのかもしれません。

本作は音を扱う物語でありながら、描かれているのは技術だけではなく、人の心の揺らぎや、生きづらさです。

今回はこの作品を、Audible(聴く読書)と紙の書籍、二つの形で味わった体験も含めて、読書感想をまとめてみたいと思います。

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『羊と鋼の森』で特に印象に残ったこと

とくに印象的だったのは、音のイメージがここまで繊細に言語化されている小説を、初めて読んだということです。

たとえば、こんなセリフ。

透き通った、水しぶきみたいな音でしたね。

音のイメージが実際の音となって、私の耳に届くような気がするのです。

本来、目には見えないはずの音が、言葉を通して確かに立ち上がってくる。

日頃は意識していないけれど、人々の心を揺さぶる“音”が確かにある理由を、なんとなく理解できたような気がしました。

優しく描かれる人間模様

登場人物たちは皆、外に見せる顔と、内側に抱えている顔を持っています。

それぞれがコンプレックスや生きづらさを抱えながら生きていて、その姿がとても丁寧に描かれていました。

  • 主人公・外村の優しい先輩であり、スマートに調律をこなす柳さん。
  • 一見とっつきにくそうで、自称「耳が良い」秋野さん。
  • そして、まったくピアノを弾いたことがなかったにもかかわらず、調律師を志すことを決めた外村くん。

誰もが不器用さを抱えながら生きていて、それでも互いを否定しない。

描かれている人間模様がとても優しく感じられたのも、この作品が好きだと思えた理由のひとつです。

特に好きな3人の登場人物

ここからは、私が好きな登場人物について書いてみようと思います。

正直、すべての登場人物が魅力的ですが、きりがないので3人ピックアップさせていただきました。

主人公・外村の先輩「柳さん」

柳さんは、優しくて飄々としており、スマートに調律をこなす人です。

物語の前半では、彼の過去や内側については、ほとんど語られません。

けれど物語が進むにつれて、柳さんの過去が少しずつ明らかになっていきます。

だからこそ、後から振り返ったときに、柳さんの優しさや、後輩である外村に対する振る舞いが、決して軽いものではなかったのだと気づかされました。

付き合いを深めてみなければ、人というのは本当にはわからないものなのだなと、改めて感じます。

柳さんは、私にとって憧れの先輩です。

一見とっつきにくそうな「秋野さん」

秋野さんは正直なところ、「ああ、こういう人いるよなぁ」と、思わず眉をひそめたくなってしまうキャラクターです。

第一印象だけを見ると、少し近寄りがたく、扱いづらそうにも感じられます。

しかし、物語が進むにつれて、徐々に秋野さんの本質が見えてきます。

そこから伝わってきたのは、才能があるがゆえの苦しみでした。

おこがましいようですが、その姿に少し共感してしまった自分もいます。

才能というものは、どうしてもポジティブな側面ばかりが取り上げられがちですが、実際には表裏一体なのだと思います。

他者には理解されにくい葛藤や、生きづらさを抱えている場合も少なくない。

秋野さんの存在を通して、そんな現実を改めて実感しました。

主人公の「外村くん」

ピアノを弾いたことすらなかった外村くん。

それでもピアノに魅了され、調律師を目指し、現場に出て一心不乱に努力する姿は、とてもまぶしく感じられました。

外村くんが育ってきた環境ゆえに、彼には繊細な感覚が備わっています。

けれど本人は、そのことにまだ気づいていないようにも見えます。

とても素直なキャラクターですが、現場での実務を重ねるにつれて、少しずつ自分の感覚を掴み取っていく。

その過程が、もどかしくもあり、とても美しく感じられました。

技術の優劣だけではなく、その人自身に備わっている“魅力”が、強く際立って描かれているように思います。

調律という世界に触れて

私はピアノを弾きますが、調律の世界を垣間見たのは、この作品が初めてでした。

ピアノや音に関する知識が、物語のなかに自然と盛り込まれていて、とても興味深く読むことができました。

また、「ピアノで食べていける人はひと握り」という世界のなかで、才能に恵まれた人が苦しむ姿が描かれている点は、他人事とは思えませんでした。

才能や得意なことは“良いこと”として語られがちですが、そこには必ず苦しみも伴っています。

何事も表裏一体なのだと、改めて感じさせられました。

Audibleと紙の書籍|2つの楽しみ方

『羊と鋼の森』は、まず最初い紙の書籍を手に取りました。

その後、Audible版があることを知り、Audible版にも触れたという流れになります。

ここからは、どちらにも触れた感想をまとめてみます。

耳で味わう『羊と鋼の森』(紙の書籍版)

紙の書籍の良さは、なんと言っても登場人物の名前が『字面』から入ってくることだと思います。

同じ名前を何度も目にすることで、音だけで知っている「とむら」よりも、目で知っている「外村」の方が、より輪郭を帯びてきます。

また、専門用語や難しい言葉も、文字のほうが追いやすいです。

それに、文字ならではの“間”を楽しめるのも、紙の書籍の魅力だと思っています。

耳で味わう『羊と鋼の森』(Audible版)

Audible版の魅力は、なんと言ってもナレーターによる朗読です。

『羊と鋼の森』を担当されている村上聡さんの朗読は、キャラクターの雰囲気が出ていてとても良かったです。

また、擬音語などは文字だけで触れたときよりも、朗読で触れたときの方が、より繊細なイメージが湧くように感じます。

たとえば、「トーン」という擬音語を見たとき、自分の脳内に浮かぶ音は自分のイメージの外側に行くことはありません。

一方で、朗読の場合、自分のイメージの外側にある「トーン」という音に触れられることを感じるのです。

このように、紙の書籍にはない魅力がたっぷり詰まっているのがAudibleだと、私は常々感じています。

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まとめ

日頃は意識していないけれど、人々の心を揺さぶる“音”が確かにある理由を、なんとなく理解できたような気がしました。

『羊と鋼の森』は、音楽や調律の物語であると同時に、才能や努力、人との距離感について、考えさせてくれる作品です。

紙の本で言葉を追い、Audibleで耳から味わう。

そんな二刀流の読書によって、物語の世界をより深く楽しむことができた一冊でした。

もりー

最後までお読みくださりありがとうございました!