最近、「好きなこと」という言葉についてよく考えています。

きっかけは、町田そのこさんの小説『コンビニ兄弟』でした。

本の中で語られる、ある言葉を読んだとき、ふと自分のこれまでを思い出したのです。

過去を思い返してみると、子どもの頃の私は、
「これは好きなことだ」
と意識していたわけではありませんでした。

ただ、毎日のようにピアノを弾いていました。

時間があれば遊びに行き、友達と走り回っていました。

  • ドロケイ
  • 一輪車
  • ローラーブレード
  • 自転車の三人乗り

今思えば、かなり元気な子どもでした。

でも当時は「好きだからやっている」というより、
ただ楽しい時間を過ごしていただけだった気がします。

中学生の吹奏楽部で初めて考えたこと

私が「好き」という気持ちについて真剣に考えたのは、中学生の頃でした。

吹奏楽部に入ったのですが、その部活はとても厳しい指導で知られていました。

夏休みには、学校以外の場所を貸し切り、朝9時から夜9時まで練習。

先生はとても厳しく、時には体罰もありました。

誰かが叩かれる。
スネアのバチが飛んでくる。
過呼吸になる子もいる。

そんな空気の中で、私はあることを考えるようになりました。

好きなピアノに触れる時間が減って、こんなにも苦痛な形で毎日音楽に触れている。

音楽を好きでいることって、なんだろう。

好きだった音楽が苦しくなった

私は小さい頃からピアノを弾いていました。

音楽が好きでした。

でもその部活の環境の中で、「好きな音楽」がだんだん苦しいものになっていきました。

そして私は、部活を辞めることになります。

辞めたことを引きずっていた

部活を辞めたことを、私は長い間引きずっていました。

それは少し後ろめたい気持ちです。

あの場所から
逃げてしまった私。

そんな思いがどこかに残っていました。

もしも苦痛に耐えながらも続けていたら、今の私は「継続することの素晴らしさ」を語っていたかもしれません。

でも、今になって思うのです。

あのときの私は、あのときの自分なりに真剣に選んだのだと。

芸術なのに競争がある世界

音楽は本来、自由な表現の世界だと私は考えています。

でも同時に、

  • コンクール
  • 評価
  • 順位

といった競争もあります。

好きな気持ちだけではいられない時もある。

それもまた、現実なのだと思います。

でも、今だから思うことがあります。

あのとき感じていた苦しさも、
「好き」という気持ちがあったからこそ生まれたものだったのかもしれない、
と。

好きなことだから、悩む。
好きなことだから、苦しくなる。

そして、好きなことだからこそ、どう向き合えばいいのかを考え続けるのかもしれません。

子どもたちに願うこと

今、大人になって思うことがあります。

子どもたちに対して、私たちはよく言います。

「好きなことを見つけてね」

それはとても自然な願いです。
好きなことに出会えたら、それは本当に幸せなことだから。

でも同時に、こうも思います。

好きなこととの出会いは、
ゴールではなく、スタートなのかもしれない。

そのあと、その好きなこととどう向き合っていくのか。

それは結局、その人自身の人生なのだと思います。

おわりに|好きなことと、どう向き合っていくか

好きなことは、見つけるのも難しいし、続けることも簡単ではありません。

それでも、人生のどこかで「これが好き」と言えるものがあるなら、それだけでも十分なのかもしれません。

そんなことを、町田そのこさんの『コンビニ兄弟』を読みながら、あらためて考えました。

もりー

最後までお読みくださりありがとうございました。