寺地はるなさんの物語は、家族や身内といった近しい人間関係のあたたかさや難しさを丁寧に描く作家さんだと感じています。

読んでいると、「やさしさだけではない現実」と向き合う場面に出くわすこともあります。

それでも物語は、決して絶望で終わらず、希望や前に進む力を示してくれる。

そんな作品のひとつが、『今日のハチミツ、あしたの私』です。

碧という主人公の生き方を通して、自分の“居場所”について改めて気づかされる一冊でした。

碧の原点|居場所が昧だった過去

主人公・碧は、小学生の頃いじめを受けていました。

家庭でも安心できる居場所はなく、「ここにいていい」と思える場所がありませんでした。

子ども時代に感じたその孤独は、碧の心に影を落とし、大人になっても彼女の人生に影響を及ぼします。

就職後も、どこか惰性で働き、流されるままに日々を過ごしているように見える碧。

そんな碧の人生が大きく動き出すきっかけとなったのが、思いがけない事故でした。

自分の足で作る居場所

事故をきっかけに、碧は恋人の故郷へ行くことをあっさりと決意します。

しかし、そこで待っていたのは新たな困難でした。

それは、恋人の父親との関係です。

しかも、恋人が必死に碧を守ってくれるわけでもない、そんな状況でした。

決して優しい顔ばかりではない人たちの中で、碧は必死に向き合いながらも、少しずつ人々の心にすーっと入り込んでいきます。

そんな中で碧が出会ったのが、「養蜂と蜜蜂」でした。

与えられる居場所ではなく、自分の手で作る居場所

碧は少しずつ、自分だけの居場所を育んでいきます。

ここで、印象に残った碧のセリフをご紹介します。

「自分の居場所があらかじめ用意されている人なんていないから。いるように見えたとしたら、それはきっとその人が自分の居場所を手に入れた経緯なり何なりを、見ていないだけ」

『今日のハチミツ、明日のわたし』 より

優しさだけでは語れない人間関係

印象的だったのは、碧がただ救われる存在ではないということ。

彼女は、人と人とのあいだで、時に“緩衝材のような役割”を果たします。

誰かに救われながら、同時に、誰かを支えている。

強く前に出るわけではない。

けれど、そこにいることで確かに必要とされる、そんな存在になっていくのです。

物語の中で、こんな問いが投げかけられます。

幸せかどうか、というのは、そんなに大切なことなのだろうか。現在の碧にとっては、幸福も不幸も単なる人生のオプションだった。

本書より

さらに碧はこうも言います。

「だいたい幸せってなんなんですか、なんでその条件を親から決められなきゃいけないんですか」

本書より

この言葉は、誰かの“正解”に合わせようとしてきた人の胸の奥に、静かに沈んでいきます。

碧の姿を通して、本来の人間関係とは、必ずしもわかりやすい優しさや守り合いだけではないのだと、ぼんやりと実感させられました。

時にはもどかしく、不完全でも、互いに支え合う。

そのリアルが、この物語には息づいています。

ハチミツに宿る、支え支えられる関係

ミツバチの特徴を表す、黒江という登場人物のこんなセリフがあります。

物語の終盤、ハチミツの存在がはっきりと意味を帯びてきます。

碧とハチミツの関係、ミツバチの生態、ハチミツができるまでの過程。

物語は多角的な視点でハチミツを描いていました。

黒江という登場人物のこんなセリフがあります。

「棲み家が気に入らないと、蜂はすぐ出ていくぞ。」

ー中略ー

「大家と店子みたいなもんだと言っただろうが」

たしかに、紐でつないでおくわけにもいかないし、入ったが最後出られないような巣であれば、蜂は死んでしまうだろう。

本書より

ミツバチに巣箱を気に入ってもらうためには、念入りなお掃除やお手入れなどの作業が欠かせません。

途方もない手間と時間をかけて作られるひと瓶のハチミツには、ミツバチの命と養蜂家たちの思いが詰まっています。

気に入らなければさっさと巣を出て、新たな棲み家を探す、生存に命をかけるミツバチ。

そんな彼らを必死に守り、暮らしを立てている人々。

ここにもまた、支え支えられる関係が見えてきます。

蜜蜂から学ぶ、居場所の作り方

自分の居場所を作るには、順応力が欠かせないと感じました。

「郷に入っては郷に従え」という言葉の通り、飛び込んだ世界に自分が馴染んでいくことは、この世の理なのでしょう。

そしてそれは、結果的に自分自身を生かすことにもつながります。

そんなことを改めて教えてくれたのが、次のセリフです。

「あんなに自然の少ないところで、って最初はびっくりしたけど、やっぱり蜜蜂はすごい。その場所で、ちゃんと生きていく。……人間も同じだと思った。俺たちは、生きなきゃならない。そして、生きている限り、環境は変化していく」

本書より

蜜蜂の営みから、私たちも環境の変化に順応しながら、自分の居場所を作っていくのだと気づかされました。

まとめ|『今日のハチミツ、あしたの私』に触れて思うこと

この物語は、どこか私自身と重なりました。

私もまた、ボランティアという活動の中で「居場所を作りたい」と思っているからです。

けれどそれは、誰かのためだけではない。

同時に、私自身のためでもあるのです。

居場所を求めることは、弱さではない。

自分で作ろうとすることは、わがままでもない。

碧が養蜂を通して見つけたものは、きっと私が今、模索しているものでもあります。

自分の居場所を見失いそうになったとき、この物語がヒントをくれるかもしれません。

最後までお読みくださりありがとうございました。