先日、3月の手帳セットアップの記事を公開しました。

その中で使った文房具について、今回はあらためて書いてみようと思います。

セットアップ自体は「いつも通り」。

でも、手に取ったものたちは、今の気分や季節感がそのまま表れています。

ひみつのおともだちステッカー

先月出会った“ひみつのおともだちステッカーシリーズ”ですが、すっかり気に入ってしまった私は、再び書店に出向き購入してきました。

存在感はあるのに、主張が強すぎない

ひみつのおともだちステッカーは、「何をどこに貼ろうか?」と迷います。

大きめサイズのステッカーもあるので、存在感がどれくらい影響するのかが、少しわかりにくいからです。

けれど、いざ手帳にのせてみると、想像以上にすーっと馴染んでくれます。

線はやさしく、色味も控えめ。

文字や余白の邪魔をしません。

「デコレーションをしたい」というより、「気分を添えたい」。

そんな感覚で使えるところが、このステッカーのいちばん好きな点かもしれません。

手帳の中に、ストーリーが生まれる

ひみつのおともだちステッカーを貼ると、そのページに、小さな登場人物が現れたように感じます。

文字だらけだった“ただの手帳”に、自由に想像できるストーリーが生まれる、そんな感覚です。

あとから手帳を開いたとき、文字だけでは表現しきれなかった気持ちを、小さな登場人物たちが、そっと代弁してくれることがあります。

手帳は、未来のための道具でもあるけれど、同時に、過去の自分に会いに行く場所でもある。

その間をつなぐ役として、ひみつのおともだちステッカーは、とてもさりげなく、手帳の世界を演出してくれています。

実際に手帳に貼っている様子は、セットアップ動画の中でも少し映っています。


PILOT iroshizuku【花筏 -hanaikada-】|春を連れてくるピンク

今回使ったインクは、PILOTの iroshizuku【花筏】。

正直に言うと、最初は意味を深く考えず、ただこの色に惹かれて手に取りました。

「花筏」という名前の意味

ところで、

花筏って、どういう意味なんだろう?

と気になって調べてみました。

Oxford Languagesによると、花筏には次のような意味があるそうです。

  • いかだのように流れる、水面に散った桜の花びらの列
  • 散った桜の花びらを乗せているいかだ
  • 初夏、淡緑色の小花が葉に乗ったように咲く、みずき科の落葉低木

また、PILOTの商品説明には、

可愛らしさのあるきれいなピンク、桜の花びらが水面に集まった春のイメージ

PILOT 公式サイト より

これを読んで、

ああ、私が感じていた春のイメージと同じだ

と、思わず納得してしまいました。

春から初夏まで使える色だと気づいた

花筏という言葉の意味を知り、このインクは「春だけの色」ではないんだな、と感じました。

桜の季節が終わったあとも、新緑香る初夏に向かう少時間まで、お手紙のシーンなどでも使い続けられそう。

色に惹かれて選んだインクが、言葉の意味を知ったことで、さらにしっくりくる存在になりました。

花筏という言葉が、ガラスペンとの距離を縮めてくれた

正直なところ、今回はガラスペンでうまく扱いきれず、色が少しだけ悪目立ちしてしまったようにも感じていました。

けれど、「花筏」という言葉の意味を知ってから、このインクの見え方が、少し変わった気がします。

桜の花びらが水面に集まる情景。
花びらのやさしいグラデーション。
青空に映える、淡いピンク。

そんな景色を思い浮かべながら手を動かし、ペン先にインクを浸す時間は、それだけで心が弾むように感じます。

来月も、またガラスペンを使ってみよう。

そう思えたこと自体が、このインクと、少し仲良くなれた証なのかもしれません。

実際にこのインクで書いている様子は、セットアップ動画の中でも映っています。

季節と気分に委ねた、3月の手帳

3月の手帳セットアップで使ったものを振り返ってみると、そこには「これを使おう」と決めきった強さよりも、季節や気分に委ねた時間が残っていました。

ひみつのおともだちステッカーは、ページに小さな物語を生み出してくれる存在です。

あとから手帳を開いたとき、文字だけでは思い出せない感情を、ふわっと呼び起こしてくれます。

そして、花筏という名前を知ったことで、ピンクのインクやガラスペンとの距離も少し縮まりました。

うまく使えなかったかもしれない、と思っていた色も、意味を知った今なら、また違う向き合い方ができそうです。

完璧な仕上がりではないけれど、そのときの自分なりに選び、迷い、手を動かしたこと。

それ自体が、今月の手帳にちゃんと残っています。

来月はまた、違う色、違う気分になるかもしれない。

それでも、こうして立ち止まりながら続けていくことが、私にとっての「いつも通り」であり、「安定」なのだと思います。