前回までのシリーズでは、教育支援センターでの出来事や、その中で私が感じたことを書いてきました。
今回は、その後の娘たちの様子について記録として残しておこうと思います。
学校へ通う日が少しずつ増えました
あの出来事からしばらく経ち、娘たちは以前より積極的に学校へ通うようになりました。
6月前半まで、長女は給食を食べることを拒否していました。
しかし今では、給食も食べられるようになっています。
これは、次女が学校で給食を食べるようになったことにつられた部分もあるのではないかと思っています。
姉妹だからこそ、お互いの姿が良い刺激になったのでしょう。
学校で過ごせる時間が増えたことは、親として素直にうれしく感じています。
一方で、娘たちにとって選択肢がひとつ減ってしまったことについては、複雑な思いもあります。
これまでは、学校が難しい日は教育支援センターという選択肢がありました。
そんな選択肢があることは、娘たちにとって大きな安心につながっていたと思います。
今はその選択肢がなくなり、学校へ行けない日はホームエデュケーションという形になります。
もちろん、自宅で学ぶことも大切な選択肢です。
しかし、学校と家の間にある「第三の居場所」がなくなったことは、決して良いことばかりではありません。
疲れたときや気持ちが落ち込んだときに、「今日はここへ行こう」と思える場所があることの大切さを、私は改めて感じています。
それでも今回、学校へ通う回数が増えたこともまた事実です。
教育支援センターを利用できなくなったことが、一つのきっかけになったことは否定できません。
ただ、それだけでは説明できないとも思っています。
たまたま今の娘たちには、毎日学校へ通えるだけの気力や体力が戻ってきていました。
もし数か月前だったなら、同じ出来事が起きても、結果は違っていたかもしれません。
そう考えると、今回の変化は、一つの出来事だけではなく、娘たち自身のタイミングも重なって生まれたものなのだと感じています。
良い結果だけを見て終わりにはしたくない
今回の出来事を振り返ると、「災い転じて福となす」や「怪我の功名」という言葉が思い浮かびます。
結果だけを見れば、
- 娘たちは学校へ通う日が増え、
- 長女も給食を食べられるようになりました。
その意味では、良い方向へ進んだと言えるのかもしれません。
けれど、それはあくまでも結果です。
その過程で起きた出来事や、娘たちや私が感じた苦しさまで、なかったことにはできません。
傷ついた気持ちは、良い結果が出たからといって消えるものではないからです。
そして、今回の結果は、娘たちにとってタイミングが良かったという偶然も大きかったと思っています。
もし心も体も疲れ切っている時期だったら、今回の出来事は学校へ向かうきっかけではなく、反対に学校からさらに遠ざかる原因になっていた可能性もあります。
だから私は、「災い転じて福となす」や「怪我の功名」と言えるのは、いくつもの偶然が重なったからなのだと思っています。
出来事そのものが良かったわけではありません。
- 娘たち自身の心の状態や、学校へ向かう力が少しずつ戻ってきていたこと。
- このタイミングと出来事が重なったこと。
結果として、今の変化につながったのでしょう。
子育てをしていると、「あの出来事があったから、こうなった」と、一つの原因と結果で考えたくなることがあります。
でも実際には、
子どもの成長はそんなに単純なものではありません。
さまざまな経験や、その子自身の心の状態、周囲の環境が重なり合いながら、少しずつ変化していくものなのだと思います。
今回の経験も、その一つだったのではないでしょうか。
親として、これからも大切にしたいこと
今回の出来事を通して改めて感じたのは、
ということ。
そのときの心や体の状態、周りの環境、そして偶然のタイミング。
さまざまな要素が重なり合って、少しずつ前へ進んでいくのだと思います。
今、娘たちは学校へ通える日が増えています。
しかし、それがこれからもずっと続くとは限りません。
また立ち止まる日が来るかもしれませんし、新しい悩みに直面することもあるでしょう。
だからこそ、その時々の娘たちの気持ちを大切にしながら、学校だけにとらわれず、その子に合った学び方や過ごし方を、これからも一緒に考えていきたいと思っています。

もりー
最後までお読みくださりありがとうございました✰