前回の記事では、全日制高校を目指す娘と、支える家族の現実について書きました。

今回は、「経済的な現実」と「挑戦を止めきれない親の葛藤」について書こうと思います。

「うちは無理」と言い切れない苦しさ

私はずっと考えています。

「塾へ行きたい」という娘に対して、
「うちは無理だよ」と、
なぜ私は言い切れないんだろう?と。

我が家は決して、余裕がある家庭ではありません。

夫一人の収入で生活してきました。

私は長年、一般的な働き方をしていません。

貯金だって潤沢ではない。

だから本来なら、「難しい」「厳しい」と言っても、おかしくない状況です。

実際、親の経済状況で夢を諦める子どもはたくさんいます。

  • 進学
  • 習い事

こうした選択肢を持てない家庭もある。

なのに私は、娘に「無理」と言い切れない。

これはたぶん、「やりたい」と言葉にできたこと自体が、娘にとって大きな一歩だからなのかもしれません。

「頑張りすぎて壊れる怖さ」を、私は知っている

娘を見ながら私は、自分自身の過去を思い出します。

それは、背伸びをしすぎて、大きく挫折した経験。

だから、娘を見ていると、怖くなることがあります。

  • 目指している高校
  • 通学距離
  • 今の生活状況

親の目線から見れば、かなり大きな挑戦です。

  • 無理をして、あとから苦しくなるのではないか?
  • 頑張りすぎて、動けなくなってしまうのではないか?

こんな不安が、どうしても頭をよぎります。

でも一方で。

挑戦したいと言っている本人に、「あなたには無理」と断言することもできない。

私のなかでは葛藤が、ずっと渦巻いています。

「普通になりたい」は、本人にとって切実だった

自閉スペクトラム症と境界知能を併せ持つ長女は、自分の困り感をとても強く感じています。

  • 周囲との差
  • 理解できない苦しさ
  • できない悔しさ

だからこそ、「普通の子になりたい」という願いが強いように見えます。

  • 毎日学校へ行って
  • 友達がいて
  • クラスで勉強して
  • 高校へ進学する

の流れに乗りたい。

その気持ちは、きっと誰より本人が切実なのだと思います。

親は、正解を決める役割ではない

最近、改めて思います。

親は「正解」を指し示す役割ではないのだと。

  • どの高校を受けるべきか?
  • 塾へ行くべきか否か?
  • 挑戦を止めるべきか応援するべきか止めるべきか?

そもそも、これらのハテナに、最初から正解が用意されているわけではありません。

大事なことは、

  • 失敗するかもしれない
  • 傷つくかもしれない
  • それでも挑戦したい

これらの気持ちを
どう支えるか

なのかもしれません。

もちろん、現実はきれいごとだけではありません。

送迎、お金、家族への影響、本人の特性と能力、全部を抱えながら、これからも考えていかなければなりません。

それでも、家族で話し合いながら進むしかない。

障害がある子どもとの暮らしは、こういうことの連続なのかもしれません。
というか、これまでも、こういうことの連続でした

最後までお読みくださり、ありがとうございました☆