前回の記事では、「強迫症になったきっかけとASDの特性 ~二次障害に向き合う親子の覚悟~」について書きました。
今回は、次女の様子と、娘たちが教育支援センターで体験した出来事を、学校に報告することになった経緯について書いていきます。
教育支援センターでの出来事を、家庭内にとどめる決断
正直、教育支援センターでの出来事は、家庭内にとどめておいてよい案件なのか、私自身とても悩みました。
しかし、娘たちは

誰にも報告しなくていい。
というか、しないでほしい。
と言っていたので、まずは家庭内にとどめておくことを決めました。
一方で、学校の先生からすると、
という疑問はあったのだと思います。
実際、娘たちが小学生の頃から長年お世話になっているA先生から、やんわりと尋ねられたことがありました。
そのとき私は、

母
A先生のことが好きなんだと思います!
と答えました。
これは、嘘偽りのない事実です。
夏の三者面談で打ち明けた真実
7月下旬、出来事が起きてから約2か月後に、夏の三者面談がありました。
この頃、次女の状態はすでにとても悪化していました。
それでも本人は学校へ頑張って通っており、ギリギリのところで耐えていたのだと思います。
私が

母
今後のこともあるから、A先生だけにお話ししてもいい?
と尋ねると、

次女
A先生だけなら話していい。
と次女が言ったため、面談の際にA先生へ事情を伝えました。
この事実を知ったA先生は、最初は信じられない様子でしたが、とても真摯に受け止めてくださいました。
やはり、私たちがこれまで見てきた姿とは異なる一面が支援センターの先生にはあったのだと、改めて実感した瞬間でもありました。
二学期のスタートと、悪化する次女の症状
二学期が始まり、次女が毎日学校に通うようになるにつれて、次女にとっての「聖域」は、学校にも広がり始めました。
学校へ広がる「聖域」と連日のパニック
A先生には伝えてあったものの、次女にとっての「聖域」がどこからどこまでなのかは、正直誰にもわかりません。
また、次女の強迫症はさらに悪化し、パニックを頻繁に起こすようになりました。
一度パニックを起こすと、2~3時間は泣き叫び続けるため、手がつけられません。
本人はもちろんのこと、家族も疲弊し、本当に大変な時期でした。
あふれ出した次女の理不尽さへの怒り
ちょうどこの頃、次女の中に溜まっていた鬱屈した思いを、本人が少しずつ吐き出すようになりました。

私はなにも悪いことをしていないのに、教育支援センターに行けなくなってしまったのは不本意だ。
というようなことを言うようになったのです。
そんなある日、たまたまテレビでパワハラを訴えた女性が泣きながら話している様子が映っており、

母と次女
この人と同じだね。
と私と次女は言い合いました。
パワハラもいじめも、被害者側が泣き寝入りして終わることが少なくありません。
一方で加害者側は何事もなかったかのように、変わらない日々を過ごしている。
次女はその理不尽さに対して非常に腹を立てており、ついに

学校の先生に言う。
と言い出したのでした。
私たち夫婦も話し合い、このことを学校に伝えることにしました。
夫婦揃って学校へ伝えに行った理由
まずA先生に、夫と一緒に改めて学校にお伝えしたいことがある旨を私が話しました。
するとA先生は快諾してくださり、次女と関わりのある先生方を集めてくださいました。
平日の午後、合計、5名の先生方がお集まりくださいました。
学校へ伝えた3つの思いと要望
学校には、主に次のことをお話ししました。
- 娘たちが体験した出来事について。
- できれば次女はまた支援センターに通いたがっているため、週に一度・半日だけでも担当配置を調整し、交流を再開できないかというご相談。
- 学校側で対応可能な範囲で、お力をお貸しいただきたいということ。
ちなみに、この日は夫婦揃って学校へ行きました。
夫婦で面談に行くのは、9年間の義務教育生活のなかでこれが初めてのことです。
私が夫に同行してもらったのには理由があります。
以前、「母ひとり対学校」という状況になった際、明らかにパワーバランスが偏り、とても理不尽な思いをしたことがあったからです。
学校に伝えてよかったこと、そして次女の変化
結果として、学校に話したことは正解でした。
学校側の体制が大きく変わったわけではありませんが、少なくとも、外からは見えない我が家の切実な状況を理解していただけたと感じています。
実際、

先生
私たちが次女さんの笑顔に甘えていました。
教えてくださってよかったです。
と真摯に受け止めてくださる先生もいらっしゃいました。
次女自身も、抱えていた鬱屈が少し解消されたように見えます。
実際、この日を境に、次女の学校との向き合い方にも変化がありました。
以前だったら

何が何でも学校に行く。
と頑なになっていましたが、今では

✘曜日は行かずに習いごとに集中する。
✘曜日は学校に行って給食を食べる。
と、自分で調整できるようになっています。
もちろん、これで強迫症が劇的に軽減したり、パニックがゼロになったりしたわけではありません。
それでも、こうした小さな変化を重ねていくこと、そして必要なときには声をあげることの大切さを、今回の件を通して改めて感じています。
さて次回は、我が家が「初めてカウンセリングに行ったときの記録」について書いていく予定です。
実際に行ってみてどうだったのかなど、リアルな体験をお届けできればと思います。

もりー
最後までお読みくださりありがとうございました★