前回の記事でも書いた通り、現在中学1年生のASD次女は、強迫症状に支配される日々を送っています。
その大きなきっかけになったのは、教育支援センターの先生が私の悪口を長々と話しているのを、本人が耳にしてしまったという出来事でした。
今回の記事では、この「きっかけ」にフォーカスを当てて、親である私から見えている景色や受け止め方について書いていきます。
強迫症状の引き金(トリガー)にはなった|しかし、それだけではない理由
確かに、今回の出来事が大きなきっかけになったことは事実です。
しかし、「この出来事だけがすべてを引き起こしたわけではない」ということを、まずお伝えしておきたいと思っています。
次女は以前からASD(自閉スペクトラム症)の特性があり、こだわりが強い側面がありました。
強迫症とまでは言えなくとも、特定の行動に固執してしまうことは珍しくなかったのです。
具体的な例を挙げると、ひらがなの「き」など、いくつかの文字を何度も何度も書き直してしまうことがありました。
当時、本人も「何度も書き直さなきゃいけないからしんどい」「それに囚われて、勉強やテストが進まない」と漏らしていました。
つまり、すでに日常生活への支障がそれなりに出ていたのです。
今振り返れば、あれも強迫症状のひとつだったのかもしれない、と感じます。
ただ、「こだわり」と「強迫症状」の境目は非常にあいまいなため、当時どちらだったのかをはっきり区別することは、今でも難しいところです。
ASDの特性と二次障害|すべてを誰かの責任にしないと決めた理由
こうして過去を振り返ると、教育支援センターでの出来事はあくまでトリガー(引き金)であり、もともと芽生えていた二次障害の種が、一気に爆発して伸びてしまったのだと感じています。
ここでお伝えしたいのは、すべてをあの出来事や、教育支援センターの先生の責任としてなすりつけたいわけではない、ということです。
遅かれ早かれ、こうした二次障害は現れていたはずです。
むしろ「よくぞここまで大きな二次障害を出さずにやってこられたな」とすら思っています。
中学生の二次障害に向き合う親の覚悟と、本人が外へ踏み出し続ける理由
いつかは向き合うことになるだろうと思っていた二次障害。
ぼんやりと覚悟していたことが、いよいよ現実になったのだと受け止めています。
もちろん「できるだけ二次障害にならないように」と注意しながら生活してきたつもりです。
しかし、リスクを避けようと注意しすぎると、こどもの行動にかなりの制限がかかってしまいます。
そのため私は、「なるべく予防はしつつも、もし起きてしまったらその時に考えよう」と腹をくくるようにしていました。
予防だけに全振りするのではなく、気をつけながらも「そういうこともある」と受容するバランスです。
次女自身も、二次障害を抱えながらも外へ出ていくことをやめようとはしません。
それはきっと、学校という小さな社会を通して、「いずれ自分自身で向き合っていくことになる」と、どこかで分かっているからなのだと思います。
次回は、教育支援センターでの出来事を学校に報告することになった経緯について書く予定です。

もりー
最後までお読みくださりありがとうございました★